2012年の上演が各所に波紋を広げたNODA・MAP『エッグ』の再演が、現在、東京芸術劇場プレイハウスで行われている。
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妻夫木聡、深津絵里、仲村トオル、藤井隆、橋爪功ら、初演を務めた全キャストが集結しての上演で、音楽監督は初演同様、椎名林檎が担当。東京公演終了後は、大阪、北九州公演に加え、パリ国立シャイヨー劇場で日本の劇団としては33年ぶりに公演を行うことが決定済みだ。
■架空のスポーツ「エッグ」を巡る、人と歴史の物語
物語は、架空のスポーツ“エッグ”を巡る人々の関係性を軸に展開される。エッグのベテラン選手である粒来幸吉(仲村トオル)や、その粒来に代わってスター選手となる阿倍比羅夫(妻夫木聡)、チームを統括するオーナー(秋山菜津子)、チームの監督(橋爪功)らが、紆余曲折を経ながらオリンピックを目指す様が描かれてゆく。
やがて阿倍と結ばれる国民的シンガー・ソングライター、苺イチエ(深津絵里)が、椎名林檎による書き下ろし曲を歌うシーンも大きな見せ場だろう。
だが、時空間のトリッキーな操作に長けた野田のこと、単なる狭小な人間ドラマを描くはずがない。そもそも、この劇自体が寺山修司の未発表戯曲を手に入れた芸術監督(野田秀樹)の想像や妄想という形を取っており、舞台は入れ子状の構造になっている。
時代設定も複層的で、現代から1964年の東京オリンピック、さらには1940年の幻の東京オリンピックにまで、歴史を遡りながら物語は綴られてゆく。
テーマも重厚だ。野田は20世紀を象徴するキーワードとして、スポーツと音楽、そして戦争を劇に織り込む。これらはいずれもヒーロー(そして独裁者)を創出し、大衆を熱狂させ、扇動してきた点で共通する。野田の巧みな見立ては、健全な娯楽であるはずのスポーツを、いつしか痛ましい戦争の記憶へと反転させる。
それは現代のテロリズムや宗教戦争へと接続可能な問題意識を孕んでおり、極めて現代的でもある。膨大な噂やあやふやな情報が大衆を翻弄する逸話も挿まれるが、これなどはインターネット上で今実際に起きている出来事を想起させる。
■『エッグ』が描く世界の広さ、豊穣さ
それにしても驚くべきは、本作の射程の長さだろう。
スポーツを巡る人間模様を入口に、20世紀という時代を総括し、かつ現在進行形の事象へとリンクして見せる。フィクションからノンフィクションへと華麗に跳躍し、最終的には残酷な史実を直視させる。椎名林檎の音楽や豪華キャスティングに期待して来場した観客にも、重厚なテーマを突きつけ、価値観やものの見方に揺さぶりをかけるのだ。
岸田戯曲賞の選評などでも目にすることだが、昨今の若手劇作家に対する批評として、「世界が狭い」というものがある。特に年長世代からはそう見えるようだ。その当否はさておくとしても、確かに本作の世界の広さ、豊穣さは目を見張るものがある。
筆者は普段、自身の半径5メートル以内の世界を描くタイプの舞台を好んで見るが、本作にはそれらとは明らかに異質の重みと奥行きがあった。大人も唸らせる深いエンタテインメント、そう呼んで差し支えない舞台である。
NODA・MAP 第19回公演『エッグ』
作・演出 野田秀樹
音楽 椎名林檎
出演 妻夫木聡、深津絵里、仲村トオル、秋山菜津子、大倉孝二、藤井隆、野田秀樹、橋爪功ほか
東京公演 2月3日(火)~2月22日(日) 東京芸術劇場プレイハウス
パリ公演 3月3日(火)~3月8日(日) パリ国立 シャイヨー劇場
大阪公演 3月26日(木)~4月8日(水) シアターBRAVA!
北九州公演 4月16日(木)~4月19日(日) 北九州芸術劇場 大ホール