社会そのほか速
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

広島・新井貴浩内野手(38)が右肘違和感のため、19日に広島市内の病院で検査を受ける運びとなった。同内野手は18日朝、トレーナーに同カ所の違和感を訴え、患部に腫れが見られたためオープン戦・日本ハム戦(札幌ドーム)の出場を回避。球場入りせず、静養に充てた。
詳細は検査後に判明するが、開幕を今月27日に控えた中でのアクシデント。松原トレーナーは「どういう状況かを確認しないと前には進まない。練習より、病院に行くことを優先した」と話した。

2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は18日、国立競技場の取り壊しに伴って東日本大震災の被災地、宮城県石巻市に貸し出されている1964年東京五輪の聖火台を、希望した東北各県に巡回させる構想を明らかにした。
日本の戦後復興の象徴となった東京五輪の聖火台は、19年に完成予定の新国立競技場に再び設置するか、新競技場に併設されるスポーツ博物館に収蔵するかを検討している。また、制作された埼玉県川口市に一時的に移して「お色直し」(森会長)する考えも示した。

日本実業団陸上連合は18日、東京都内で理事会を開き、マラソンで日本新記録を樹立した選手に1億円を支給する案を承認した。マラソン以外の種目で日本記録を更新した場合にもボーナスを支給する方向で検討しており、詳細を詰めた上で30日に発表する。
マラソンでは男子は高岡寿成が2002年に出した2時間6分16秒、女子は野口みずき(シスメックス)が05年にマークした2時間19分12秒が日本記録として残っている。破格のボーナスを設定することで記録的に停滞した状況から抜け出し、20年東京五輪での活躍につなげる狙いがある。

2004年以来となる日本での2ショットが実現、現役の頃から“共演”について話し合っていた
21日に東日本大震災チャリティーイベント「ハイチュウプレゼンツ トモダチチャリティベースボール」(東京ドーム)を行うデレク・ジーター、松井秀喜両氏が18日、都内のホテルで記者会見を行った。ヤンキースでチームメートだった2人は親友としても知られているが、引退後に日本で“共演”することは以前からの夢だったという。
ジーター氏が来日したのは、ヤンキースがデビルレイズ(当時)との日本開幕戦を行った2004年以来。当然、その時は松井氏とともに日本でプレーしている。ただ、ジーター氏はこんな“秘話”を明かす。
「松井さんとは現役の頃から『2人とも引退したら、一緒に日本に来てプレーしよう』、そんなことも言っていました」。そして、冗談まじりに「今、この年になっては2人ともプレーをするには年を取りすぎたかなと思っているところです」と付け加えている。
一方で、松井氏も今回のイベント開催を心から喜んでいる。「ここにジーターがいるという事実だけでもすごいこと。この20年間、メジャーリーグの象徴だったジーターを連れてくることができてうれしいし、今回、イベントに参加する子供たち、ファンのみなさんに喜んでいただけると思います」と笑みを浮かべた。
2人の友情があるからこそ、夢のような企画が実現する。この日も、ジーター氏からいつも通り「トシヨリ(年寄り)」と呼ばれた松井氏が「年寄りと言われましたけど、彼も同い年です。ということで、彼も年寄りということです」と切り返して笑いを誘うなど、息が合ったところを見せた。
そして、日本で一緒にプレーすることが現役時代からの夢だったことを松井氏も認めた。
松井氏、子供たちへのアドバイスは「ずっとジーターを見ておけ」
「確かに、引退した後に2人で日本でプレーしようという約束をしていたんですけど、僕の方が『トシヨリ』だったということで2年も早く引退してしまったので、その夢は叶わなかった。でも、今回、こういう形で2人で一緒に日本でイベントをできるということで非常に楽しみにしています」
イベントではジュニア向けの野球クリニックも行われる。参加者にとって夢のような時間となることは間違いない。どんな内容にしたいかを聞かれた松井氏は、こう約束した。
「ずっとジーターを見ておけと。それが1番大切なことだと思います。…

2020年東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアムとなる新国立競技場のサブトラックについて、大会組織委員会の布村幸彦副事務総長は18日、期間中は仮設で対応する方針を明らかにした。スポーツ議員連盟の総会で「できるだけ新国立競技場の近くで整備できるように努力している」と述べた。
同競技場は国際大会や日本選手権の開催に本来必要なサブトラックの用地確保の見通しが立っていない。日本陸連は常設のサブトラック建設を求めている。