社会そのほか速
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U-22代表DF安在、プロ初のボランチで日の丸“デビュー”
[3.11 国際親善試合 U-22日本9-0U-22ミャンマー フクアリ]
初めて日の丸を背負ってピッチへ立った。追加招集されたU-22日本代表DF安在和樹(東京V)は、後半からU-22ミャンマー戦へ出場。本職ではないボランチでの出場となったが、積極的に前線へ顔を出すなど奮闘をみせた。
後半12分には中盤からの縦パスをカットされるも、こぼれ球を自ら拾った。再びサイドへ展開しようとするも、連携不足を露呈。ボールはサイドラインを割った。それでも直後のプレーで決定機を演出。FW鈴木武蔵(新潟)へ決定的なループパス。惜しくも鈴木のトラップが大きくなり、得点にはつながらなかったが、アシストさながらのシーンだった。その後もボランチながら前線へ顔を出すなど、果敢に攻撃参加。積極的なプレーをみせた。
所属先の東京ヴェルディではサイドバックが主戦場。手倉森誠監督から「ボランチというよりも、いろいろなところをやってもらうから」とユーティリティー性を買われての起用となった。ボランチでの出場はプロになって初めてのこと。「(ボランチと)言われた瞬間はビックリしました」と話した。
ピッチ上では東京VでのかつてのチームメイトであるMF吉野恭平(広島)とダブルボランチを務めるシーンもあり、「久しぶりで懐かしかった」と微笑んだ。
東京Vユースからトップ昇格した安在の同期は、全部で6人。一足先にプロ契約していたMF中島翔哉(F東京)を含め、吉野、MF前田直輝(松本)、MF楠美圭史(ヴェルスパ大分)、GKポープ・ウィリアム(東京V)がいる。しかし、U-22代表常連の中島はF東京へ、吉野は広島へ移籍。同代表へ呼ばれたこともある前田は松本へ。楠美は今冬にヴェルスパ大分へ移籍した。
現在、東京Vへ残っているのはポープと安在のただ2人。「みんなバラバラになったなかで、ヴェルディから選ばれたというのは嬉しいというか……なんだろうな」と考え込んだ安在だったが、「みんなが先に出世しちゃったから。残り組ながら頑張った感じです」とハニかんだ。
この日の自身の出来を「50点」と評価した安在。ボランチでのプレーは「視界が全然違う。違和感しかなかった」という。それでも、臆することない果敢なプレーをみせた。今後は代表への定着へ「まだ探り探り、もう少し選手の特長やチームのコンセプトを早く学んで。チームへ馴染んでいきたい」と誓った。
(取材・文 片岡涼)

試合前に左足違和感のU-22代表MF大島、週末のJは「まだわからない」
[3.11 国際親善試合 U-22日本9-0U-22ミャンマー フクアリ]
先発予定だったU-22日本代表MF大島僚太(川崎F)だが、試合前のアップで左ふくらはぎへ違和感があったため、U-22ミャンマー戦を欠場した。
もともと打撲していた箇所へ違和感を感じ、手倉森誠監督から「大事をとって休んだ方がいい」と言われ、スタンドから試合を見守った。中2日で迎える14日には、Jリーグ第2節・神戸戦が控えているが、そこでの出場は「まだわからない」と話すにとどめた。
9得点が生まれた一戦を大島は「たくさん点が入ったなと」と一言。今後のAFC U-23選手権予選へ向けて、「しっかりと準備をして臨みたい。自分はまずコンディションをしっかりと整えたい」と話した。同代表は一度解散し、15日に再び集合。マレーシアで行われるAFC U-23選手権予選を戦う。
(取材・文 片岡涼)

【No Ball,No Life(15)】
2011年3月11日に発生した東日本大震災から4年。Jリーガーの先頭に立って復興活動に力を注いできた鹿島のMF小笠原満男が、今の思いを語った。
「復興はまだまだ。仮説住宅にもまだ何万人もの人が住んでいる。これからも伝えていかないといけない」。被災した岩手・盛岡市出身。高校時代を過ごした大船渡市は津波で大きな被害を受けた。鹿島の本拠地も被災し、カシマスタジアムは3カ月ほど使用できなくなった。
いてもたってもいられず、小笠原は車で東北に物資を届ける活動を開始。現地の店が営業できるまでになると、サッカー教室などで子供たちと触れ合う機会を増やした。東北にゆかりのあるJリーガーとともに「東北人魂を持つJ選手の会」(東北人魂)を発足させ、東北地方のサッカーの復興を目指す活動の体制も整えた。
このオフには、岩手に関東の高校生を招待してサッカーフェスティバルを開催。当初は関東で行われる予定だったが、遠征費の負担などを考えて開催地を変更した。「東北の高校生には強化にもつながるし、関東の子どもたちには被災地を見てもらうこともできた。意義のあることだったと思う」と振り返った。新たな取り組みへの手応えは上々のようだ。将来的には参加チーム数を増やして活動を継続させていきたいと、小笠原は語る。
被災地の学校には依然として仮設住宅が立ち並び、子供たちが運動できる場所が少ない現状がある。「自分にも子供がいるのでわかりますけど、4年間も運動ができないというのは大変なことだと思う」。体を動かせなければ健康な体と心の育成に大きく影響してくる。被災地を訪れると、運動不足でぽっちゃりした体形の子供が目につき、小学校の教員からは、授業中に奇声をあげてしまう子供の存在も聞かされた。
アスファルトの駐車場で中学のサッカー部の練習を3年間続けた子供もいたという。それでも「サッカーをしているときは、子供たちは本当に楽しそうにしている」。被災地に行くたびに、サッカーが子供たちの力になるという思いを強くしている。「岩手グラウンドプロジェクト」では、資金を集めて大船渡市の小学校の跡地にグラウンドを建設。現在はサッカーだけにとどまらず、野球や陸上など多岐にわたって利用されているという。こうした取り組みも、まだまだ必要だと感じている。
活動を続けていると、子供たちがすごく成長しているのを感じることができてうれしいと話す。「4年間って子供にとってはすごく大きい。早く走れるようになったり、ボールの扱いがうまくなったり」。顔付きが変わって誰かわからなかったのに、プレーを見て気付くこともあるという。「あの時、10番を付けていた子だよな?」と声をかけると、うれしそうにうなずく子供もいた。
新たな夢もできた。「中にはすごくうまい子もいて、『Jリーガーになりたい』という話も聞く。これからは東北地方のサッカーの復興だけじゃなくて、強化もやっていきたい。東北出身のJリーガーが出てきてほしい」。自分も、東北のいち高校生からプロへ巣立ったという思いがある。今は子供たちに未来を見てほしい。小笠原はそう願っている。(伊藤昇)
◆伊藤 昇(いとう・のぼる)2009年入社。2012年ロンドン五輪で水泳やバレーボールを担当し、その後サッカー担当に。J1鹿島、日本代表、なでしこジャパン、五輪世代の代表などを担当する。食べ歩きと雪山をこよなく愛すが、増え続ける体重が今の悩み。

8回、1点を失い、厳しい表情でベンチに戻る日本代表の松井裕=11日、東京ドーム
侍ジャパンに初選出された楽天の松井裕にとって、ほろ苦いデビューとなった。2-5の八回にマウンドへ。先頭打者に二塁打を打たれて暴投で三塁に進めると、犠飛で追加点を許した。「相手は真っすぐに強いと分かっていたが、あえて速球を投げた。どこまで通用するかと思ったが、まだまだだった」
今回のメンバーでは最年少の19歳。所属チームでは今季、抑えとして期待されている。「また代表に呼んでもらえるように、シーズンで結果を出したい」と話した。

就任記者会見を終え、キャッシュマンGM(左)と握手をするヤンキースのGM特別アドバイザーの松井秀喜氏(11日、タンパ)=共同
【タンパ(米フロリダ州)=共同】米大リーグのヤンキースは10日、OBの松井秀喜氏(40)がブライアン・キャッシュマン・ゼネラルマネジャー(GM)の特別アドバイザーに就任すると発表した。
11日にキャンプ地のフロリダ州タンパで記者会見した松井氏は、チームの帽子をかぶり「ヤンキースでは素晴らしい時間を過ごした。今度は若い選手の力になれるように頑張っていきたい。僕にとっても大きなチャレンジ」と語った。
2012年の現役引退後、松井氏が日米を通じて球団に所属するのは初めて。傘下マイナーの試合を巡回して監督、打撃コーチらとともに打撃面を指導する。
松井氏はプロ野球巨人から03年にヤンキースに移り、7年間在籍。09年のワールドシリーズで最優秀選手(MVP)に選ばれるなど活躍した。レイズに所属した12年のシーズン限りで現役を引退。今年はプロ野球巨人やDeNAの春季キャンプを視察した。