社会そのほか速
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東京電力の福島第一原子力発電所事故から5年目に入ったことで、ようやく、原発や再稼働をできるだけ話題にしないという安倍晋三政権の姿勢に変化の兆しが出てきたようだ。先週末からスタートした福島県内の中間貯蔵施設への汚染土搬入作業や、老朽化した敦賀原発(1号機)、美浜原発(1・2号機)の廃炉処分が17日に決定したことなどが、そうした兆しである。
世界的な課題となっている温暖化ガスの排出削減と安定的なエネルギーの確保を両立するために、国家として原発依存度の引き下げに時間をかける戦略を採るならば、いまだに23万人が避難生活を強いられている未曾有の事故の処理を加速することや、安全対策の困難な原発を選別して廃炉処分にすることは避けて通れない。もっと早く大胆に施策を実行しておくべきだった。あの事故から丸4年の歳月を要したとはいえ、真摯な取り組みが見え始めたことを歓迎したい。
しかし、政府のトップに立つ安倍首相が、宮城県仙台市で開いた「国連防災世界会議」の挨拶で相変わらず煮え切らない態度に終始したことは残念だ。いたずらに国民の不安や疑心暗鬼を放置することになりかねない対応といわざるを得ない。そろそろ逃げ回るのをやめて、毅然とした態度で、国民に対してエネルギー・原発戦略を語りかける時期ではないだろうか。
「施設への搬入開始は、福島の除染や復興の推進にとり、大切な重要な一歩。30年後に(最終処分を)しっかりとできるように道筋を立てていきたい」
望月義夫環境大臣は、汚染土の中間貯蔵施設への搬入開始を数時間後に控えた先週金曜日(3月13日)の閣議後の記者会見で、きっぱりとこう言い切った。汚染土は、いずれも福島県内の除染によって出たものだ。最終的に運び込む量は、東京ドーム18杯分(約2200万立方メートル)に達する可能性があるという。現在は仮置き場や民家の軒先などに積まれているが、そうした場所は福島県内に何万カ所もあり、復興作業の大きな足かせになっていた。そもそも福島第一原発の周辺は汚染がひどく、避難している住民たちが帰宅できるような除染が困難とみられていた。このため、専門家の間には早くから、こうした区域を汚染土や汚染水、汚染物質の最終処分場として活用すべきだとの意見があった。
しかし、事故当時の民主党政権はもちろん、政権奪還に成功した安倍政権も世論の反発を恐れてなかなか決断できない状況が続いてきた。今回の搬入も、あくまでも最長で30年を上限とする「中間貯蔵」と位置付けることによって、福島県から昨年夏、関連施設の受け入れに同意を得て事態が動きだした経緯がある。
その一方で、依然として新聞やテレビの報道では、貯蔵施設の用地取得が大幅に遅れていること、最初の1年間を試験搬入と位置付けており、汚染土の0.2%程度しか持ち込めないことなど難航ぶりを指摘する内容や、地元の戸惑い、反発、不安を同情的に報じる内容が多いのが実情だ。地元を気の毒に思う気持ちは、誰しも同じだろう。しかし、東京電力が取り返しのつかない事故を起こしてしまったことは、消すことのできない現実だ。復興を進めようとすれば、事故処理、つまり中間貯蔵を進める以外の選択肢は、政府にはなかったはずだ。今後は、誠意をもって用地取得を進めて迅速に汚染土の搬入を終え、将来の最終処分地の確保に全力を挙げるべきである。
●経産省が出したアメ
汚染土の搬入が始まった3月13日の閣議後記者会見で、望月大臣とは別にもう一人、重要な発言をした閣僚がいた。「廃炉するかどうか、電気事業者が早期に判断することを期待する」と述べた、宮澤洋一経済産業大臣である。
宮澤大臣の発言は、単年度で一括処理することが原則だった会計制度の特例を認めて原発の廃炉損失を10年程度かけて処理する道と、来年4月に予定されている電力の小売り自由化後も廃炉費用を電気料金に上乗せして回収する道を経済産業省が開いたことを背景にして、電力各社に対し、運転開始から40年前後の歳月を経過した老朽原発の廃炉を急ぐよう促すものだ。これを受けて、敦賀原発1号機(日本原子力発電)、美浜原発1・2号機(関西電力)、島根原発1号機(中国電力)、玄海原発1号機(九州電力)の5基の廃炉が18日にも正式決定する見通しとなっている。
安全性に関する国民の信頼を取り戻して運転を停止してきた原発を再稼働しようと考えるのならば、単に福島第一原発の事故処理を急ぐだけでは不十分だ。闇雲にすべての原発を再稼働しようとするのではなく、安全性の観点から既存の原発を精査・選別して、再稼働する原発を絞り込むことも重要である。
筆者は早くから、万が一の事故が起きた時に被害を小さく抑えるため、その選別基準に半径100キロメートル以内の人口を勘案することなどを提案してきた。経産省内で議論されてきたのが、法令上は可能な20年間の運転延長を認めず、一律で運転開始から40年を経過した原発を廃炉させるという案だ。今回、宮澤大臣が迫ったのは、会計処理やコスト回収の面でのアメを用意することによって、電力会社が自主的にその決断を行うように促す政策である。老朽原発については、安全対策のコストがかさみすぎて再稼働しても採算が取れないと理論的に理解していても、廃炉に伴う急激なコスト負担の増加に経営が耐えられないと二の足を踏んでいた電力会社にとっては、福音である。
国民から見ても、福島第一原発事故後に発足した原子力規制委員会が耐震や津波対策の強化の観点から設置した新規制基準だけでは、本当に安全性が確保されるのか、わかりにくい面があった。それだけに、宮澤大臣が改めて打ち出した方針は、注目すべき政策といってよいだろう。経産省がようやく前面に立って原発問題に取り組む姿勢を見せ始めたという点でも、期待したいところである。
●強い地元の反発
とはいえ、この老朽原発の廃炉促進にも、まだ心もとない面が残っている。その第一は、原発関連の補助金(交付金)が打ち切られることになる地元への補償問題だ。原発関連の雇用を失うことも、地元経済にとっては大きな打撃である。立地するサイトが多く「原発銀座」と呼ばれる福井県では、西川一誠知事が「発電を停止したからといって、国や事業者の責任がなくなるわけではない」と廃炉に強く反発しているという。
第二は、老朽化した原発の再稼働を目指す電力会社が出る懸念が払しょくできていないことだ。実際、関西電力が運転開始から40年前後が経過している高浜原発の1・2号機の再稼働にこだわりをみせている。地元と電力会社、いずれも経産省が今後、ハンドリングを問われる問題だ。
それぞれ課題が残るとはいえ、環境省や経産省がようやく重い腰を上げたのは歓迎すべきである。世界的な課題となっている温暖化ガスの排出削減と安定的なエネルギーの確保を両立するためにも、また、国民的なコンセンサスとなっている脱原発依存へ向けて日本が現実的な選択をするという意味でも、大きな意義があると思われる。
●安倍首相の逃げ腰
そうした中で気掛かりなのは、安倍首相が相変わらず表舞台でできるだけ原発問題を話題にしたくない、または指導力を発揮する気がないと受け取られかねない対応を続けていることだ。特に、首をかしげざるを得ないのが、仙台市に招致して14日から開いた「国連防災世界会議」における首相自身の逃げの姿勢である。首相は開会式と首脳・閣僚会合の両方で演説したが、2つの演説を通して、福島第一原発事故に言及したのは、「東日本大震災と福島第一原発事故を踏まえ、長期的視点に立って、さらなる防災投資に取り組んでいます」という、ひと言だけだった。
この点について、メディアは先週末、「政府は原発の再稼働や海外輸出を推進しており、踏み込んだ言及で原発に関心が集まることは避けたかったようだ」(時事通信)、「二国間の首脳会談や歓迎行事で、風評被害の払拭(ふっしょく)は呼び掛けたが、福島県民約十二万人が避難生活を強いられていることなど、悲惨な現実を語る場面はなかった」(東京新聞)と手厳しく論評した。実際のところ、100カ国以上の首脳、閣僚級らを前に演説しながら、深刻な原発事故の教訓を伝える姿勢がうかがえなかった首相の対応は、国民や被災者の目にも、決して誠実なものと映らないだろう。
よちよち歩き段階の原発再稼働を着実な流れにするためには、まだまだ難問が山積している。トラブル続きの福島第一原発の汚染水処理の完遂、被災者への損害賠償や生活再建の支援、いざという時のための避難計画の策定や訓練、使用済み核燃料の最終処分に向けた道程作り、欠陥が明らかになった原子力損害賠償制度の見直しなど、いずれも政府を挙げた対応が不可欠な難題ばかりである。
原発事故から5年目に突入した今こそ、厄介で面倒な仕事を官庁や各電力会社の現場、閣僚任せにするのではなく、安倍首相自身が前面に立って指導力を発揮すべき時期を迎えたのではないだろうか。
(文=町田徹/経済ジャーナリスト)