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◇29日まで服喪期間、国葬の予定
【バンコク岩佐淳士】シンガポール「建国の父」と呼ばれたリー・クアンユー元首相が23日未明、91歳で死去した。長男のリー・シェンロン首相(63)は23日朝、国民向けの演説で「(元首相は)シンガポールそのものだった」と、国の繁栄に身をささげたその功績をたたえた。国内は29日まで服喪期間となり同日、国葬が行われる予定。
リー・シェンロン首相は、「建国の父は私たちを勇気づけ、団結させ、何もないところから国を造り上げた」と賛辞を贈った。「言葉にならないほど悲嘆に暮れている」とも語り、声を詰まらせる場面もあった。
中国系移民中心のシンガポールは1965年、マレー人優遇策をとるマレーシアから追放される形で分離独立した。リー・クアンユー氏は以来、25年にわたり首相を務め、資源小国として存続すら危ぶまれた都市国家を東南アジア随一の経済先進国に導いた。シンガポールの1人当たりの国内総生産(GDP)は日本をしのぐ。
90年に首相辞任後も上級相、顧問相として影響力を保持。自ら率いる人民行動党による一党支配のもと官民一体で経済開発を進める管理国家体制は「シンガポール株式会社」とも称された。
経済発展を最優先に政治的自由を抑圧する手法は「開発独裁」の典型ともされた。時には人権侵害を批判されたが、リー・クアンユー氏は欧米型民主主義とは違う「アジア的価値」を主張して反論。67年にはほかの東南アジア4カ国と共に東南アジア諸国連合(ASEAN)を創設し、アジアを代表する指導者として国際社会で強い存在感を示した。
各国指導者からは23日、哀悼のメッセージが寄せられた。オバマ米大統領はリー・クアンユー氏を「歴史における真の偉人であり、アジアの偉大な戦略家だった」と称賛した。