社会そのほか速
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ただいまコメントを受けつけておりません。
「食べたらわかる。うまいで」「これ、どないして料理するんで?」――
徳島市の中心部を流れる新町川。川岸は毎月最終日曜日になると、約350メートルにわたり、白い大きなパラソルが立ち並ぶ。その下では、地元の農家らが自慢の野菜や果物を広げ、買い物客でごった返す。
この朝市「とくしまマルシェ」がスタートしたのは、2010年12月。今では開設時の2倍以上、約80の店が出て、1日平均1万2000人が訪れる徳島県最大級のイベントに成長した。県外から視察に来る自治体職員や商工関係者も多い。
仕掛け人は阿波銀行(徳島市)のシンクタンク、徳島経済研究所で専務理事を務める田村耕一(64)だ。
香川県生まれの元日銀マン。1997年から約3年間、徳島事務所長を務めた。金融危機のさなかで、徳島の経済も悪化していた。「何とかしたい」と思ったが、事務所の仕事は景気動向の調査が中心で、独自に提言ができる余地は少なかった。その後も徳島のことを気に掛けながら本店で勤務をつづけた。
転機は02年。事務所長時代に面識があった阿波銀行頭取(当時)の山下直家(73)に「研究所に来ないか」と請われた。田村は、「好きな徳島のために働ける」と考えて即答。日銀を退職して徳島に移り住んだ。
田村は「徳島は関西への野菜の大供給源なのに、品質の良さがあまり知られていない。魅力を広く伝える場があれば、農業はもっと伸びる」と考えていた。
休日によく読書をした新町川の川べりは、板張りの遊歩道や青石を使った護岸が映える。「この風景を生かして人を集められたら」と、ひらめいた。
田村は、10年6月に研究所のシンポジウムで朝市の実施を提案すると、新町川沿いでパラソルを使ったフリーマーケットを運営していたイベント会社社長の金森直人(40)に声を掛けた。
徳島出身の金森は大学時代に東京でインターネット関係の事業を起こすなど、行動力がある。米国留学の準備で実家に戻った98年、「徳島の商店街がフリーマーケットを開く」という話を聞き、ワッフルを売る屋台を手作りして参加。やがてフリマの運営も任された。産直市も開いたが、出店者や客を集めるのに苦労した。
田村と金森は、「他の産直市とは違う価値を打ち出そう」と意見が合い、パリのマルシェ(市場)のような「おしゃれで、こだわりの農産物を集めた朝市」を目指すことにした。
出店者は自分たちで選ぶ。阿波銀行で農業分野の取引先開拓を続けている、営業支援課の林裕己(53)が、構想に合う農家をリストアップした。フルーツのように甘く熟れたトマト、自然のまま育てた肉厚のシイタケ――。金森と一軒一軒、農家を訪ね歩いた。
「朝市はもうからない」「忙しい」と断る農家もあったが、金森は「お客に直接、披露できる場です。可能性が広がることは保証します」と説き、32店の出店にこぎつけた。出店料は1回3000円、徳島市から場所を使う許可を得て金森の会社が運営を担う。
武沢豪(37)の店は1日800個ものレタスが売れる。客との会話が弾まず、2000個を持ち込んで30個しか売れなかった初回の失敗も、今では笑い話だ。武沢は「銀行がバックについた朝市に出店すれば、幅広い取引先を開拓できるとの期待感があった」と振り返る。
自信を強めた武沢は県内外の生協にも売り込み、販路を広げた。レタスの栽培面積を2倍に増やしたが、「生産が追いつかない」と笑う。別のイチゴ農園はマルシェへの出店で引き合いが増え、阿波銀から融資を受け生産設備を増やした。出店している若手農家らは、「若士(わかいし)」というグループを作り、徳島の農産物の魅力を紹介する番組をインターネットで配信している。
銀行の抱える人材や信用力が徳島に新たな「名所」を生み出し、農業のあり方に一石を投じた。一方で、人口の減少や海外との競争で、地方を取り巻く経済環境は厳しさを増している。
神戸大教授の家森信善(金融論)は、「地方の金融機関はお金を貸すだけでなく、中小企業などが抱える悩みを一緒に解決することが本業になっていく」とみる。その動きを広げるには、「融資獲得を過度に重視した人事評価を見直すなど、失敗を恐れずに挑戦する文化を創り出す必要がある」と指摘する。
変わり始めた銀行が、地域の産業や文化をもり立て、新たな「本業」への動きを加速させることができるか。人口減社会の縮図といえる地方の将来に与える影響は大きい。
就農者増 国が支援
農業の担い手は減少が続いている。農林水産省の統計によると、2014年の農業就業人口は226万人で、ピークだった1960年の6分の1弱に減った。14年は65歳以上が6割強を占め、高齢化が進んでいる。
新規就農者も減少傾向が続き、13年は5万800人だった。
徳島県内の農業就業人口(14年)は3万2000人で、90年と比べて半減した。
国は45歳未満の新規就農者に、最大で年間150万円を給付する支援制度を設けるなど、テコ入れを図っている。
(敬称略、「地方銀行の模索」おわり)
文・小嶋伸幸、畑本明義、児玉圭太、田畑清二
写真・泉祥平、金沢修、長沖真未