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【あの日3・20】地下鉄サリン事件遭遇の元職員、15年後に“被害者”に

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【あの日3・20】地下鉄サリン事件遭遇の元職員、15年後に“被害者”に

【あの日3・20】地下鉄サリン事件遭遇の元職員、15年後に“被害者”に

1995年3月に発生したオウム真理教による地下鉄サリン事件が、20日で20年を迎える。死者13人、負傷者6300人以上を出した国内史上最悪の事件は、松本智津夫死刑囚(60)=教祖名・麻原彰晃=が、実行わずか2日前の18日未明に指示したのが始まりだった。現在行われている元信者・高橋克也被告(56)の裁判の証言から計画の内容を振り返るとともに、事件の「当事者」たちが今、改めて「地下鉄サリン事件とは」「オウム真理教とは」について語った。

 50代半ばで事件に遭遇した元地下鉄職員の男性が被害者と“判明”したのは、つい5年前のことだった。

 「『事件からもうすぐ15年』という番組を見ていた時に、出演していた被害者の方の話を聞いて『あれ?』と思ったんです。症状が同じだと思って。それで、眼科で調べてもらったら『縮瞳です。重症ですね』と」

 事件当日は、有楽町駅のインフォメーションで業務に就いている時に「茅場町で発煙」との連絡が入った。その後、新富町の駅に応援に行くようにとの指示を受け、電車で移動したという。

 同駅には、非常停車した日比谷線からの乗り換え客が築地駅から歩いて来ていた。乗客とすれ違い、地上出口に出た瞬間「ピカッと光って、目が痛くなった。その後のことは、何も覚えていない。気がついたら、数時間が過ぎていました」。日比谷線の乗客の衣服に付着したサリンを吸引したのが要因と考えられている。

 現在、物忘れが激しくなったのも、平衡感覚が怪しくなったことも、すべてサリンの後遺症の一つとみられる。「正直、今もギリギリの(精神の)ところで生きています」。それでも、まだ自分にはやらなければならないことが残されていると感じている。

 「私のように実際は被害者なのに気付かず、さまざまな苦しみを抱えている人がいると思う。その人たちに呼び掛け続けていかないといけないんです」。医師からは「地下鉄の職員だったんだから、あなたには責任があるんです。今後、同じような立場の人を助けるのは義務です」とも言われたという。生きがいを見付けるための励ましの言葉、と理解はしているが、「最初は、その言葉は重かった」と振り返った。

 07年に東京メトロを退職。現在は静かに余生を送っているが、自分が人生の多くを過ごした地下鉄で、二度と同様の事件が起きることのないよう、独自の対策を考えているという。「『かなりあ・しすてむ』と名付けました。毒ガスに敏感なカナリアを用いて、テロを水際で食い止めるという作戦です」。現在は専門家の意見を取り入れ、さらに実現性の高いものにしようと、日々改良を重ねているという。(高柳 哲人)

 ◆縮瞳(しゅくどう)目の瞳孔の直径が2ミリ以下の大きさに縮んだ状態のこと。正常の瞳孔は2・5~4ミリの大きさで、周囲の明るさによって収縮したり拡大したりするが、過度に狭まったままになる。反対の状態は散瞳。

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