社会そのほか速
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福島第一原発から西へ20kmに位置する福島県双葉郡川内村。事故直後から出されていた避難指示は昨年10月に全域で解除されたが、村民のほとんどは帰ってきていない。
事故の前の生徒数は114人だったが、現在在籍するのは29人だ。そして2年前、川内小学校で授業が再開された時、村に戻ってきたのは16人だった。小学4年生は秋元千果さん(12才)、たったひとり。18人いた同級生は今も全国に離れ離れになったままだ。
児童数が少ないため、授業は複式学級(注:2つ以上の学年を1つにした学級のこと)で行われたが、千果さんは下級生たちと一緒に勉強することに戸惑ったという。
「4年生の時、1度だけ戻ってきたことを後悔しました。同級生はひとりもいないし、上級生や下級生とどう交流していいかわからなかったから」(千果さん)
放課後は児童全員でバスで、村のコミュニティーセンターへ行き、教育委員会が行っているピアノや学習塾などの子供教室で習い事をするのが日課になった。ここで過ごす時間が、千果さんと下級生の距離を縮めていった。
「戻って間もなくは同級生の友達と連絡を取っていたけど、そのうちだんだん取らなくなり、今はほとんどなくなりました…。でも寂しくはない。川内に一緒にいる子たちと仲よくやれるから」
6年生になっても千果さんの同級生は誰も戻ってきていない。
昨年の夏休みには復興子供教室の一環として、長崎を訪問。長崎大学で講義を受講して大学生と交流し、原爆資料館を訪問したり、平和式典にも出席した。千果さんにとっては、忘れられない経験になった。
「あの訪問で、自分たちがもっと村の将来について考えたり、自然エネルギーを取り入れるにはどうしたらいいかとか、私たちにできることを考えなければと思うようになりました。私たち子供も一員として復興に取り組まなければならないと」
3月23日は、千果さんの卒業式だ。卒業ソングには大好きな『この星に生まれて』を選んだ。全校生と全保護者が参加して千果さんを送る。
※女性セブン2015年3月26日号