社会そのほか速
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地方を再興するのは新しいビジネスだけではない。伝統的な地場産業も有力だ。女川は古くから漁港として栄え、水産加工業は街に多くの雇用を生んできた。震災で失った漁港の姿をいかに取り戻すのか。人々の挑戦が進んでいる。
女川町の玄関口、JR石巻線の浦宿駅が近くなると、海を描いた大きな赤い看板に目が留まる。女川随一の規模を誇る企業、笹(ささ)かまぼこなどを製造する高政(高橋正典社長)が震災後に建設した新工場だ。
高政は230人を雇用し、女川の雇用を支えている(震災後に稼働した宮城県女川町の新工場)
高政が18億円を投じて新工場を開設したのは2011年9月。そのままなら、人を増やさず、製造能力は3倍に引き上がるはずだった。だが、震災はそれまで合理的な経営判断をしてきた高政の経営陣に違和感を生じさせた。「人がいなくなってしまったら、町自体が残らない」(高橋正樹企画部長)。
省力化へ投資をしたばかりなのに、高政は従業員増へとカジを切る。震災当初の約120人から関連会社を含め約230人に増やした。
■首都圏で拡販
もっとも、最新鋭の工場で働く人がそれほど必要になるわけはない。「女川の経済を拡大するには、とにかく町の製品を外に売らないと」(高橋部長)。町の外から“外貨”を獲るため、経験のある社員を積極的に営業に回した。
とくに積極的に売り込んでいるのが、市場が大きい首都圏だ。あらゆる物産展に顔を出し、高政のかまぼこと女川をPRする。大手コンビニチェーンのおでんにも高政が製造する女川産のちくわが採用された。高政は売上高を震災前より4割ほど増やした。
津波の被害で、震災前に48社あった水産加工業者のうち、実に44社の事業所が壊滅した。震災前、水産加工業に携わる従業員は女川の全労働者の2割を占めていたが、その多くが職場を失った。震災後の町内製造品出荷額は約64億円と震災前から8割減った。
女川魚市場買受人協同組合の石森洋悦副理事長(石森商店代表取締役)はサカナを保管する冷蔵設備の再整備に奔走してきた。日本財団などの協力も得て、中東・カタールからの事業費20億円の資金援助を取り付けた。津波対策を施した冷蔵設備「マスカー」(貯蔵能力6千トン)が12年10月に本格的に操業を始めた。
「復興を加速させる象徴が欲しかった」(石森副理事長)という高さ約20メートルの巨大冷蔵庫はいまでは沿岸部の景色のなかに定着した。
■若い経営者協力
震災からまもなく4年。58歳の石森氏は「町の復興には時間がかかる。どういう町にするのかは、若い人の責任で決めるべきだ」と話す。
壮年世代から町を託された30代の経営者たちは、それぞれの企業の枠を超えた新たなブランド「あがいん おながわ」を売り出す。14年4月、ヤフー(東京・港)の通販サイト「ヤフーショッピング」に出店した。
笹かまぼこやさんまのつくだ煮など約20種類の水産加工食品は、味やパッケージ、価格を評価して、事業関係者以外をメンバーとする認証委員会が選ぶ。「幹事企業の商品でも容赦なく落とされる」(参加企業の経営者)ほど厳格だ。
水産業を含め、従来の女川の産業データをまとめた共通のデータブックを作る動きもある。三菱商事復興支援財団から700万円の資金を得て、女川の産業復興の前提となるデータをまとめる作業が進んでいる。

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アメリカによる日本支配は在日米軍基地や、外交政策に顕著な対米追従だけに表われるのではない。政治家、官僚、知識人、メディア……日本人の言語空間は、戦後ずっと「観念的に」アメリカに操作されたままであると指摘するのは、京都大学大学院人間・環境学研究科教授の佐伯啓思氏だ。
* * *
アメリカが民主主義や自由競争、個人主義といった理念を日本統治の柱としたのは、それらの理念をグローバル化することがアメリカの国益だからである。「道徳的に正しい」からではない。
それに気づかないまま、日本はアメリカに盲従し、隷属する国家の道を歩んできた。1980年代に日本がアメリカと肩を並べる経済大国に成長し日米経済摩擦が起きると、日本は1985年のプラザ合意により日米経済協力体制に組み込まれた。
1989年に貿易不均衡を是正する目的で始まった「日米構造協議」は英語で「Structural Impediments Initiative」といい、アメリカによる「イニシアティブ(先導、主導)」が宣言されている。日本は構造的に問題があるから指導してやると言っているのだ。そうした実態をうまく伏せた訳語の「協議」を、日本側の経済学者もメディアも自ら進んで使ってきた。
1990年代以降、バブル経済が崩壊すると、竹中平蔵を筆頭にエコノミストや官僚、経済ジャーナリストが「構造改革」を唱え、日本的な集団主義や会社に忠誠を尽くす日本型経営を否定し、市場原理を優先したグローバリズムが日本を救うと主張した。
こうしたアメリカ盲従の姿勢は、2000年代に入ると別の形で現われてくる。
9.11を契機に始まったイラク戦争を日本は全面的に支持したが、2005年にブッシュ・小泉間で協議された日米安保の新指針には、日米が共同して世界の脅威に対処すべしとある。世界の対テロ戦争に協力することをアメリカが要求し、日本はそれを受け入れたのだ。
これは相互に利益が重なるところで協力しようという話ではない。
小泉首相にせよ、安倍首相にせよ、「日米同盟の一番のポイントは価値観を共有していることだ」と言うが、その価値観とはアメリカ流の自由や民主主義、人権思想を指す。それらを世界に普遍化してアメリカの国益を実現することに日本は協力すると言っているのである。
安倍首相の「集団的自衛権」行使容認も、その延長上にある。アメリカ的価値観の押しつけを日本は支援するというのだから、「イスラム国」に敵視されるのも当然である。…
![[3月13日 今日のバースデー] [3月13日 今日のバースデー]](http://s.eximg.jp/exnews/logo/gekisaka.jpg)
Japan
FW廣瀬浩二(栃木、1984)*スピードがあり、小気味よいドリブルも持ち味。
MF上里一将(札幌、1986)*パスの精度や視野の広さが持ち味のMF。
MF福田恭大(琉球、1992)*大阪学院大から加入したMF。判断力に優れている。
World
DFホルガー・バトシュトゥバー(バイエルン、1989、ドイツ)*先読みとカバーリング、空中戦に強いCB。
Former
MFブルーノ・コンティ(元ローマほか、1955、イタリア)*元イタリア代表のファンタジスタ。
Others
鳥越 俊太郎(ジャーナリスト、1940)
ランディ・バース(野球、1954)
佐野 元春(ミュージシャン、1956)
今田 耕司(タレント、1966)
小渕 健太郎(コブクロ:ミュージシャン、1977)
大東 駿介 (俳優、1986)
中島 健人(Sexy Zone:タレント、1994)

情報通信技術(ICT)やエレクトロニクス技術の分野は、大きな変革の時代にある。「IoT」(モノのインターネット)の波をはじめ、人体や生命科学を扱うライフサイエンスとの融合領域に新しいビジネスの芽が生まれ、「メーカーズ」と呼ばれるものづくりベンチャー企業群が大手企業を出し抜いてヒット商品を生み出す。一方で、今は突拍子もないように見える未来のトレンドも、技術の将来像を見通すうえで欠かせない要素である。もし、「核融合発電」や「高温超伝導」といった夢の技術が実用化したら…。これまでの常識は、これからの10年に通用しないと考えるべきだろう。本連載では、今後10年にわたるICTやエレクトロニクス業界の長期トレンドを予測したレポート『メガトレンド2015-2024 ICT・エレクトロニクス編』(日経BP社)の著者の2人、株式会社盛之助社長でコンサルタントの川口盛之助氏と、投資家/ブロガー/経済ジャーナリストの山本一郎氏に、これから拡大する市場や、技術開発の本質などを語り合ってもらう。
――今回の対談では、川口さんと山本さんがレポートの中で描いた産業や社会の未来図を前提に、エレクトロニクス関連の大手企業や、いわゆる「メーカーズ」のスタートアップ企業などの今後を占っていただきたいと思っています。
山本 ちなみに「メーカーズ」って、どういう概念で捉えているんでしょうか。どちらかというとスタートアップ企業の中でもハードウエア領域、つまり、今までスタートアップと言えばアプリ(アプリケーション・ソフトウエア)がメーンだったけれども、道具の方に寄ってきたというイメージでしょうか。
でも、メーカーズと呼ばれている人たちと話していると、彼らの中では「メーカーとは何か」といった定義面を落とし込んでいなかったりします。私たちがイメージしている単純な製造業としての「メーカー」とは、彼らのニュアンスがだいぶ違うんですよ。
――どういう風に違うんでしょうか。
山本 古い人間からすると、従来型のメーカーが(工場を持たない)ファブレス企業と、(モノを生産することに特化した)製造受託企業に分解されて、その中で新しい生態系が生まれているイメージじゃないですか。でも、メーカーズの彼らはモノをつくるというよりも「プロトタイピング」にフォーカスしていて、モノに落とし込むことよりも、それが実現するファンクション(機能)に特化している気がします。
山本一郎氏(左)と川口盛之助氏(右)(写真:加藤康、以下すべて同じ)
川口 モノをつくるための「ツール」や「ライブラリ」みたいなものがサクサクと存在していて、これまでソフトウエア志向のバーチャルな概念で開発することが常識だった人たちが、リアルなモノをつくっていいというイメージになっている。
モノをつくる際にこれまであったしがらみや常識は全然関係なくなって、「ソフトウエアをつくるセンスを持った人たちが、たまたまハードウエアをつくっている」というノリです。これは従来の常識に捉われている集団から見ると、すごく違和感があります。
――メーカーズの人たちはプロシューマー的なんでしょうか。
山本 世の中的には、どちらかといえばそうですね。
川口 その方向の取り組みは、民に広くというか、社会全体にはインパクトが大きい。
――プロシューマー的な人たちが出てきて、量産はEMS(電子機器の受託生産サービス)企業に任せ、変わったモノをプロトタイピングしていると…。
川口 盛之助(かわぐち・もりのすけ)
1984年、慶應義塾大工学部卒、イリノイ大学修士課程修了(化学専攻)。 技術とイノベーションの育成に関するエキスパート。世界的な戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトル・ジャパンにおいて、アソシエート・ディレクターを務めたのち、株式会社盛之助を設立。国内のみならずアジア各国の政府機関からの招聘を受け、研究開発戦略や商品開発戦略などのコンサルティングを行う。その代表的著作『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社BIZ)は、技術と経営を結ぶ良書に与えられる「日経BizTech図書賞」を受賞し、英語、韓国語、中国語、タイ語にも翻訳される。心をつかむレクチャーの達人としても広く知られる
山本 メーカーズはそれこそ何千個、何千台という製造業の常識からすると小さな量産オーダーで勝負しようとしているので、どうしても単価が高くなってしまう。「自分たちで大きな需要をつくって、社会を変えていく」という印象は、今のところ薄いですね。多品種少量の限界点までいくと、そうなるのかもしれません。夢として、もう少しドカンという部分があればいいのですけれど。
一方で、画期的な最先端技術でモノをつくろうというスタートアップ企業の話もいろいろあります。コペルニクス的転換で半導体チップをつくる新しい製造手法のような。今の段階ではよく分からないのだけれど、メーカーズのブームという背景もあって多くの資金が集まっている。少しバブルの危険な雰囲気も漂っていて、本当に大丈夫かと思うところもちょっとあります。
川口 ウルトラ微細加工で人工血管や人工臓器をつくるような話もあります。そういう分野でも、メーカーズと同じようにボトムアップによる積み上げ方式でモノがつくれる。実は昔ながらのオーソドックスな開発なのだけれども、「カスタムで多様な世界」という点で共通しているので、ものづくりベンチャーの話が二つの方向性で混在しているということでしょうね。