森トラストは、昨年8月に取得したばかりの目黒雅叙園(東京)を米ファンドのラサール・インベストメント・マネージメント・インクが組成した特別目的会社(SPC)に1月30日付で売却した。売却額は非公表だが、1400億円前後とされる。森トラストは昨年8月、米投資ファンドのローンスターから目黒雅叙園を1300億円程度で買収したが、なぜ半年足らずで売却したのか。不動産業界からは「やっぱり」と冷ややかな声が上がる。目黒雅叙園は、いわくつきの物件だからだ。
目黒雅叙園をめぐっては、2013年末にローンスターが入札を実施。複数の企業が1000億円程度で応札したが、1340億円を提示したシンガポール政府投資公社(GIC)が優先交渉権を得た。ところが、GICは交渉から撤退し、森トラストが昨年8月にローンスターから取得した。
GICが断念したのは、土地に関する裁判を嫌ったためだった。目黒雅叙園は、土地の一部を保有する地主であり、創業家一族のファミリーカンパニーでもある細川ホールディングスとの間で、借地権をめぐり裁判沙汰になっていたからだ(後述参照)。この借地権問題が、目黒雅叙園取得の最大のネックだった。この問題が解決されない限り大手不動産会社は手を出さないだろうとみられていたため、森トラストの買収は業界内で話題を呼んだ。
森トラストの発表資料「目黒雅叙園等の土地・建物の譲渡に関するお知らせ」には、3万7301平方メートルの土地面積について「一部借地、飛地含む」と記載されているが、借地権問題はいまもって解決していない。
目黒雅叙園はJR山手線の目黒駅近くにある結婚式場、ホテル、オフィスビルなどの複合施設で、売却したのは目黒雅叙園のほぼすべての土地(3万7301平方メートル)と、敷地内にある全5物件(延べ床面積は15万5820平方メートル)である。
(1)アルコタワー(オフィス)、目黒雅叙園(ホテル)…地上19階、地下3階
(2)百段階段(東京都指定有形文化財)…地上6階
(3)アルコタワーアネックス(オフィス)…地上16階、地下1階
(4)ヴィラ ディ グラツィア(チャペル)…地上3階
(5)アルコスクエア(店舗)…地上1階
オフィスビルにはアマゾンジャパンやポルシェジャパン、ウォルト・ディズニー・ジャパンなど海外企業の日本法人が入居している。百段階段は、ケヤキの板材でつくられた園内唯一の木造建築の通称で、その階段沿いの7つの座敷棟宴会場のうちの4つが09年3月、東京都の有形文化財に指定された。ちなみに百段階段は太宰治の小説『佳日』にも登場。絢爛たる装飾を施された園内の様子は「昭和の竜宮城」と呼ばれた。01年に公開された長編アニメ映画『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)に登場する湯屋のモデルになったことでも知られている。
●波乱の歴史
目黒雅叙園は細川力蔵氏が1931年、本格的な北京料理や日本料理を提供する料亭として開業し、国内初の総合結婚式場でもあった。力蔵氏が亡くなった後は、同族による経営が行われていたが、一族間で内紛が発生。運営会社の雅秀エンタープライズが02年8月、東京地裁に民事再生手続きの適用を申請して破綻。負債総額は883億円に上った。
最大の債権者である米投資ファンド、ローンスターが買収し、結婚式場の運営権は結婚式場大手ワタベウェデングに譲渡。ローンスターは土地建物を保有し、11年4月にアルコタワーアネックス、ヴィラ ディ グラツィア、アルコスクエアを新築した。
アルコタワーアネックスの底地の一部に、80年代後半のバブルの時代にマネーゲームの対象となった旧雅叙園観光の跡地が含まれている。この物件が、借地権をめぐって争われているのだ。
目黒雅叙園の敷地の一角に、雅叙園観光というホテルがあった。興行師の松尾國三氏が経営しており、日本ドリーム観光の姉妹会社であった。松尾氏の没後は、未亡人と経営陣による経営権争奪戦が勃発し、雅叙園観光と日本ドリーム観光は分離された。雅叙園観光は、戦後最大の経済事件といわれたイトマン事件の主役である伊藤寿永光氏や許永中氏らバブルの怪人の仕手戦の対象になり、乗っ取られた。
彼らのお目当ては雅叙園観光の敷地にあった。しかし、雅叙園観光は土地を持っていない。敷地の3分の2は国有地、3分の1は目黒雅叙園の細川一族の所有で、すべてが借地だった。国有地なのは、細川一族が相続税分を大蔵省に物納したからだ。伊藤氏らは再開発して一儲けすることを計画。知り合いの政治家を使って払い下げを工作したが、実現しなかった。借地権をめぐって係争中の、地主の細川一族と和解することもできなかった。結局、イトマン事件に巻き込まれて雅叙園観光は97年に倒産。ホテルは解体された。雅叙園観光ホテルの跡地は細川一族に戻った。
●森トラスト、債権飛ばしの受け皿か
リーマン・ショック前の07年は、都心の不動産ミニバブルに沸いた年であった。ローンスターは、旧雅叙園観光の跡地にオフィス棟を新たに建設して、合わせて1800億円の高値で売却する計画を立てた。細川一族から借地して、11年4月にアルコタワーアネックス、ヴィラ ディ グラツィア、アルコスクエアが完成した。だが、リーマン・ショックで不動産価格は暴落し、もくろみは狂った。ローンスターは銀行からの融資の返済に困っていた。借地権問題が発生したのは、そんな時期だった。
経済ジャーナリスト町田徹氏は、12年11月20日付「現代ビジネス」記事『90年代の不良債権問題の再来か!? バブル紳士の夢の跡・目黒雅叙園を舞台にしたみずほ銀行の「問題事案」』で、借地権問題の発端について次のように書いている。
「建築許可に必要な道路面の大部分(面積では、再開発地区全体の13%強)を保有する地主のファミリーカンパニーである細川ホールディングスが、長年、同社の所有地の買い叩き工作を繰り返してきたローンスターと、それを資金面でバックアップするみずほ銀行に反撃を試みたというのだ。突如、底地の借地契約の解除を通告し、以後、地代の受け取りを拒否する挙に出たのである」
背景には、みずほ銀行による「債権飛ばし」がある。不良債権を隠すために、株式や土地を「飛ばす」ことはバブル時代によく使われた手法だ。目黒雅叙園の転売も、これに当てはまるとみられている。森トラストが目黒雅叙園の買い手(受け皿)になり、銀行はローンスター向けの融資を回収した。次に、米投資ファンドのラサールに転売して、森トラストは資金を回収、100億円の売却益を手にしたことになる。仮に売却益が100億円だったとすると、投資利回りは7%。森トラストがこの程度の利幅で1300億円の巨額資金を投下するのか、疑問視する見方も業界内には多い。
森トラストが半年足らずで目黒雅叙園を売却した舞台裏には、生臭いものがある。
(文=編集部)