社会そのほか速
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韓国・中央日報は16日付の記事で、日系のマイク・ホンダ下院議員が安倍晋三首相の米議会での演説に反対し、「日本政府は5億米ドル(約606億円)を投入して米国の歴史教科書の中の一部表記を修正させようとしている」と訴えていると報じた。訪米した韓国の鄭義和・国会議長が米国の議員から聞いた話だとしている。中国・人民網が同日伝えた。
報道によるとホンダ議員は「歴史を否定し、書き換えるために予算を使うことは正しくない」と主張している。同議員は2007年、日本政府に慰安婦に対する謝罪を求める米下院決議案を通過させることに大きな役割を果たした人物だ。
記事ではまた、ロイターが「日本政府が米ジョージタウン大学、マサチューセッツ工科大学などを含む海外の大学9校に対する日本学研究支援のための費用として、1500万米ドルの予算を用意した」と報道し、「保守的な安倍政権が戦争に関わる歴史問題を是正するための努力」、「批判的な見方をすれば、歴史を書き換える意図だと言える」と分析したと伝えた。
(編集翻訳 恩田有紀)

▽レッドソックス―メッツ(16日・フロリダ州フォートマイヤーズ)
レッドソックスの田沢は0―3の五回から4番手で登板し、1回を三者凡退、1三振に抑えた。勝敗は付かず、チームは4―3でサヨナラ勝ちした。(共同)

韓国メディアによると、米国務省領事局のホームページに掲載された韓国の地図に「独島」(日本名・竹島)が記載されず、日本の地図だけに「リアンクール岩礁」の記載があったことが分かり、韓国外交部が米国側に訂正を求めた。16日付で中国新聞網が伝えた。
米国政府は独島(竹島)の英語表記を「リアンクール岩礁(Liancourt Rocks)」としており、米国務省のホームページにある韓国の地図にも日本の地図にも、独島(竹島)を記載する際にはこの表記が使用されることになっている。ところが、韓国の地図にだけ「リアンクール岩礁」が記載されていなかったことが判明した。
今年1月、米中央情報局(CIA)が出版した調査報告「ザ・ワールド・ファクトブック」でも、韓国の地図に「リアンクール岩礁」の記載がなかったことが発覚したばかり。CIAはこれについて、米外交当局が「ザ・ワールド・ファクトブック」を修正した際に技術的なミスが発生したが、すぐに訂正したと釈明している。
(編集翻訳 小豆沢紀子)

FWハーフナー・マイクとMF田中亜土夢の所属するHJKヘルシンキは現地時間16日、スウェーデンの1部リーグに所属するカルマルFFと練習試合を行い2-2で引き分けている。
この試合で田中は先発、ハーフナーはベンチスタートとなった。
26分に先制されたヘルシンキ。後半にハーフナーを投入し、迎えた52分。田中が同点ゴールを挙げる。
さらに77分にハーフナーが逆転ゴールを挙げ、ヘルシンキが勝ち越しに成功。その後カルマルに再び得点を許し2-2の引き分けに終わっている。
リーグはまだ始まっていないフィンランドだが、カップ戦では共に得点を記録。リーグ開幕前にアベック弾も挙げて先発出場に向けて大きなアピールとなった。
ヘルシンキは来月4日にロヴァニエメン・パロセウラとカップ戦を行った後、12日に同チームとリーグ開幕戦を迎える。

1990年後期にお団子ヘアで、奇抜なファッションをした女の子が現れた。シノラーこと、篠原ともえだ。“シノラーブーム”を巻き起こした彼女もいまや35歳となり、この春でデビュー20周年を迎える。“シノラー”は「ありのままの姿だった」と語る篠原に、これまでの芸能生活と今後の展望を聞いた。
【動画】篠原ともえ 、芸能人生の転機を語る
■シノラーは「喜びを抑えられなかった、ありのままの姿」
もともと芸能界に憧れを抱いており「一瞬一瞬が、夢がかなっている瞬間でしたね」とブームを振り返る。個性的な衣装も「『篠原のことを注目!』と思って、腕輪をたくさんつけたり、顔にシール貼ったりカラフルにした」と確かな戦略があった。「当時はシノラーファッション以外のファッションはしたくはなかったんです。ハーフパンツで、お団子で、いつも元気な篠原だけを見てもらいたかったから」。
確かに画面からのぞく彼女はいつもハイテンション。元気いっぱい。キャラクターも弁も立つため、メディアでは引っ張りだこ。瞬く間に売れっ子となった。しかし、光は強いほど影もできるもの。シノラーとして無理して明るく振る舞っていたのでは? ちょっといじわるな質問をぶつけてみた。
「明るいキャラクターは、テレビに出演できて『うれしい!』という喜びを抑えられなかったからなんですよ。それは、ありのままのシノラーの姿。“みんなに元気を手渡ししたい!”って命がけで思っていたし、そのためにだったら、なんでも頑張れた」。その真剣に語る表情はすっかり大人びていた。
■今の自分は想像できていた
約20年の芸能生活。辞めたいと思ったことは「ない」が、それなりに進路に悩んだ。「歌もやりたいし、女優さんもやりたい、でもタレントもやりたい、デザインもやりたい、いろんなことをやりたい」。世間が求めるのは“シノラー”としての自分。「20代の頃に、大好きなお洋服を着て皆さんの前に出る。だけどキャラクターが注目されてしまう。女優としてのオファーももらえるようになりましたが、そんな篠原を誰も見てくれないかなと思った」。
あれもしたい、これもしたい。いつの間にか“ありのまま”の自分に縛られていた。「でも女優さんのお仕事とか、いままでと違う篠原を見せる仕事をいただいたときに、演じることで変身できる自分がいることに気づいたんです。それがすごく面白いなって思えた。それでスカートを履いて、髪を下ろして、いろんな篠原を届けてみたいと思った。ファンの方も『穏やかなともえちゃんも好きだよ』と手紙をくださって、すごく励みになった。いろんな篠原を出せたのはファンの方のお陰かな」と笑う。
■星に願いを
映画『海月姫』、フジテレビ系ドラマ『ファーストクラス』で女優としての存在感を放ち、松任谷由実のコンサートツアーでは衣装デザイナーを務めた。次々と夢をかなえる篠原。実は“星好き”の一面もあった。昨年末、小学校の頃に目覚めたという星や宇宙に関する書籍『宙(そら)ガール★篠原ともえの星の教科書』(講談社)も上梓した。気づいたら多趣味を生かしに生かしまくっている。
「シノラーには、感謝しているんです。シノラーがお洋服を好きでいたりとか、忙しい中で、自分がデザインしたファッションを身にまとったりくれたりとか、いろんな趣味を持ってくれたことが今の仕事につながっている。自分を表現する場所があって、そして誰かに力を与えられる、この職業を選んでよかった。私の生きがいです」。
最初から答えは出ていた。「実は、シノラーのとき、なんとなく『こうなるだろうな』って想像したのが、いまの私なんです(笑)。髪型も予想したものになっているし」。それならば、さらなる将来も想像しているはずだ。
「そうですね…50代になったら、着物が似合う女性になりたい。着物をデザインしている人になるのが目標です。あと、ご縁があれば、星の王子様にめぐり会いたいと思います。そして孫をシノラーにさせたい(笑)」。『星の教科書』でも王子様の作り方までは教えてくれないようだ。