社会そのほか速
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横浜市立中学校で長年教壇に立った元校長が、フィリピン人少女のポルノ写真を撮影した疑いで逮捕された。
現役教諭時代から20年余り、同国で延べ1万2600人超の女性を相手に買春を続けたと供述している元校長。大勢の少女も含まれているとみられ、記者会見した林文子市長は「事実確認中だが、こんなことが長期間わからなかったとすれば、ものすごく恐ろしい」と険しい表情で語った。
児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造)容疑で8日に逮捕されたのは横浜市金沢区、無職高島雄平容疑者(64)。市教委などの説明では、1975年に市に採用され中学教諭となった後、本人の希望で88年4月から3年間、フィリピンの日本人学校に赴任し、理科を教えていた。帰国後も複数の市立中で教諭、副校長、校長として勤務。定年退職後の2012年4月~15年3月は公益財団法人・横浜市教育文化研究所で教育情報誌の編集長を務めていた。
県警少年捜査課の発表によると、高島容疑者が買春を始めたのは同国赴任中。女性に支払う金額の安さにひかれ、横浜に戻った後も、長期休暇の度に同国に渡って、一度に複数の女性を買春する行為を繰り返していたという。
調べに対し、高島容疑者は「(買春の際には)みだらな行為の様子をデジタルカメラなどで撮影していた」と供述。県警が昨年2月、高島容疑者宅で押収した写真は約14万7600枚に上り、約400冊のアルバムに貼られていた。女性たちには「通し番号」が書き添えられており、最後の番号は「12660」。13、14年の年末年始の渡航中に買春した女性だったという。
高島容疑者は「(買春した女性のうち)1割ほどが18歳未満だった」「(現地語の)タガログ語や英語を使っていると大胆になれた。倫理のたがが外れた」とも話しているという。
林市長は会見で、「(元校長の周囲は)きちんとコミュニケーションがとれていたのか」と事件に長期間気づけなかったことを問題視し、「私自身にも責任がある。誠に申し訳ない」と謝罪した。横浜市教委も8日夕、高島容疑者が勤務してきた学校にカウンセラーを派遣して生徒のケアにあたる一方、高島容疑者に退職金約3000万円の返還を求める考えを示した。

天皇、皇后両陛下が9日に訪問されるパラオ・ペリリュー島では、太平洋戦争で犠牲になった日本兵ら約1万人のうち、約2600人分の遺骨が今も見つかっていない。
「一日も早く、戻るべき故郷に帰してあげたい」と収集作業に協力してきた島民らは、両陛下の訪問が収集を加速させるきっかけになればと願う。
「激しい戦いだったことは、島の変わりようからも分かった」。島で民宿を営むマユミ・シノヅカさん(77)は、70年前の故郷の様子を振り返る。
日本人の父、パラオ人の母を持つ日系2世。1944年9月に島で戦闘が始まる前、パラオ本島に一家で疎開して難を逃れた。戦後に戻った故郷は、生い茂っていた木々が焼き尽くされ、サンゴ礁の白い地面がむき出しになっていた。
守備隊が島に張り巡らせ、2か月以上にわたって戦った壕(ごう)には、日本兵の亡きがらがそのままになっていた。
70年代に入ると、日本から慰霊や遺骨収集に訪れる人が増え、受け入れ先として民宿を始めた。壕の前で号泣し、宿舎でも涙が乾かない遺族らを見て、「私も日本人。だから悲しくなった」と深く同情した。
2012年12月に島を襲った大型の台風で、民宿と自宅が全壊した。それでも「遺族のために」と、民宿の再建を優先させた。「慰霊に訪れる人がいなくなるまで民宿は続ける」。シノヅカさんはそう決めている。

イノシシやシカなどの野生鳥獣による農作物などの被害を減らそうと、県は今月から、県内10の農林事務所に鳥獣被害対策にあたる専門指導員と広域指導員計10人を配置した。2017年度末までの3年間、市町村などと連携して各地域の対策を支援する。
指導員は公募で選ばれた県や市町村の職員OBらが就任。専門指導員9人、広域指導員1人で、広域指導員は、郡上農林事務所に配置され、県全体の対策の指導も行う。
県によると、13年度の野生鳥獣による農作物被害は約4億7000万円。重点地区でわなを設置するモデル事業を行うなど対策を講じているものの、ピークの10年度(約4億8000万円)と、ほぼ変わらない。一方、14年度の調査では、集落ぐるみの鳥獣被害対策をしていない農業集落は県内に1196あり、被害を受けている集落の52%に上った。
指導員は、被害や対策の実施状況を調査したり、住民参加で対策プランを作ったりして、3年間で全ての集落で対策を講じることを目指す。
8日には、岐阜大学で指導員らへの研修と、ユニホームとなるオレンジ色のベストの授与式が行われ、県鳥獣害対策室の土屋智裕室長は、「集落との連携を密にして進めてほしい」と話した。

戦後70年の「慰霊の旅」としてパラオを訪問中の天皇、皇后両陛下がペリリュー島で戦没者に供花された9日、県内でも松阪市飯高町の水屋神社にある六角堂で、関係者らが祈りをささげた。
参加したのは、父が同島で陸軍医を務めた名張市の吉住佳代子さん(70)と、憲法学者で同神社の宮司だった兄が同島へ慰霊の訪問を続けたという津市の宮崎和子さん(59)ら。戦没者を追悼するとともに、両陛下の訪問を亡き父と兄に報告した。
吉住さんの父、上島英義さんは1944年4月、軍医として派遣されていた満州(現中国東北部)からパラオに転戦し、ペリリュー、アンガウル両島で負傷した兵士を治療。45年12月に帰還し、名張市で小児科医になった。吉住さんには、当時について多くを語らなかったが、「慰霊に行けずに年を取ってしまった。代わりに行ってくれへんか」と慰霊を頼み、2006年12月に90歳で亡くなった。
宮崎さんの兄、久保憲一さんは鈴鹿市の鈴鹿国際大学(現鈴鹿大学)で憲法や政治学を研究。昨年8月に64歳で亡くなるまでに、学生らとペリリュー島を5回訪問した。宮崎さんに「パラオの人たちは、島民の命を守った日本人の思いやりあふれる行動について、よく話をしてくれた」と繰り返し語ったという。
慰霊を終えた吉住さんと宮崎さんは「2人も両陛下のパラオ訪問を喜んでいることでしょう。悲惨な戦争を経て享受している平和を、私たちがどう守っていくか今後も真剣に考えていきたい」と話していた。

昨年に続き蒲郡市での開催が決まっている「第5回全国ご当地うどんサミット2015in蒲郡」について、蒲郡商工会議所に事務局を置く同サミット開催委員会は、会期を初めて2日間に拡大し、11月7、8日に開くと発表した。会場は昨年のラグーナ蒲郡から市街地に近接した蒲郡港竹島ふ頭(港町)周辺に変更する。
昨年の第4回大会では24団体が出展し、1日で過去最多の約2万人が訪れた。今大会について、同委員会では25団体の出展を予定し、2日間で5万人の来場を見込んでいる。
サミットは2011年に滋賀県東近江市で始まり、第3回大会で同会議所青年部などが組織する「蒲郡シティセールスプロジェクト ガマゴリ・ら」が出展した「ガマゴリうどん」が初出展で初のグランプリを獲得し、人気に火がついた。サミットでは国内産小麦を使ったご当地うどんが集結し、模擬店で提供。来場者がお気に入りのうどんに投票し、順位を決める。