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<オープン戦:ソフトバンク3-2ロッテ>◇18日◇ヤフオクドーム
ロッテのドラフト2位、田中英祐投手(22=京大)の開幕2軍が決まった。
【写真】ロッテ京大田中4回3失点に「変化球が甘く入った」
この日は先発で4回を投げ、4安打3失点(自責2)。1回2死走者無しから3連打で3点を失った。追い込んでからの変化球などに課題を残した。
伊東勤監督(52)は「良かったのか、悪かったのか。結果的に序盤の3点。まだ勉強する部分がある。残念ながら、しばらく下で勉強してもらう。チャンスがあまりなかっただけに、本人も納得していない部分があるかも知れないが、この時期なので、結果を優先します」と、2軍行きを明かした。

香川らの“カウンセリング”も?ハリル監督「自信を失っている選手と対話する」
質の高さは疑いない。けれども能力を出し切れていない。以前は持っていた自信を今は失っている――。バヒド・ハリルホジッチ監督は、日本代表監督就任を内諾してからの2週間で数多くの代表戦をビデオでチェックし、ある問題点に気づいた。それは「選手の何人かは自分自身に対して自信を失っている」ということだった。
「この2週間、いろいろなビデオを見てきた。ブラジルW杯、アジア杯に関しても全試合しっかりと見て、分析した。クオリティーはある。結果はすべて良かったとは思わないが、彼らはクオリティーを見せたと思う」
個々の能力を認めた指揮官は、しかしながらこう続けた。「そうは言っても、少し自信を失っているかもしれない」。名前こそ明かさなかったが、ズバリ言ったのは「その選手に関しては、2、3年前はもっといい選手だなと思っていた」ということだ。
だれを指しているのかは定かではないが、たとえば飛ぶ鳥落とす勢いでドルトムントの寵児となったMF香川真司(ドルトムント)は、マンチェスター・ユナイテッドでの2年目に出場機会が激減したころから大きく調子を落とし、日本代表でも決定的な仕事をなかなかできずに苦しむことが増えていった。
1月のアジア杯ではヨルダン戦で1得点を挙げ、7か月ぶりに日本代表でゴールをマークしたが、大会中に打ったシュートの多くはGKの正面を突いたり、枠を外れていた。好調時の自信に溢れた香川なら、GKの間合いを外して決めていたであろう場面も少なくなかった。
ブラジルW杯で失意を味わい、燃え尽き症候群に陥っていたというDF長友佑都(インテル)も、ハリルホジッチ監督が言及した「自信を失っている選手」の一人かもしれない。アジア杯で会見に出席した際、「ブラジルW杯のときの心境と次のW杯に向けての心境を語るのは難しい」と言葉を詰まらせた。以前はいつでもどこでも元気いっぱいだったサイドのダイナモは、負傷も増えており、表情の陰りも目立つ。
指揮官は「自信を失っている選手には、個人的にもグループとしても話をしないといけないと思っている」と言い、自信回復のためには「勇気づけることが必要だ」と断言。「私の仕事の多くは彼らを勇気づけること、自信を付けること、そして喜びを持つこと。彼らがすでにいいプレーをしたということを忘れないように。そうすることができる経験を私は持っている」と語った。
指揮官としてみれば、W杯予選まであまり時間がない中で、劇的なメンタル改善を施すことで日本代表を立ち直らせたいという考え。今月下旬から始まる代表合宿では、ハリルホジッチ監督によるカウンセリングタイムが設けられるかもしれない。
(取材・文 矢内由美子)
![[3月19日 今日のバースデー] [3月19日 今日のバースデー]](http://s.eximg.jp/exnews/logo/gekisaka.jpg)
Japan
DF久富良輔(群馬、1991)*両サイドでプレーが可能なDF。豊富な運動量でアップダウンを繰り返す。
World
DFアレッサンドロ・ネスタ(チェンナイイン、1976、イタリア)*1対1に強く、カバーリングに定評がある守備の要。一度引退したが、昨年11月に現役復帰した。
DFコロ・トゥレ(リバプール、1981、コートジボワール)*対人プレーに強さを発揮するDF。カバーリングの能力も高い。
Others
いとうせいこう(タレント、1961)
稲森 いずみ(女優、1972)
市川 実和子(モデル、1976)
岡田 義徳(俳優、1977)
宮脇 咲良(HKT48:タレント、1998)

テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有がオープン戦で肘を故障し、17日にトミー・ジョン手術(※)を受けた。近年のメジャーでは、肘を痛めて同手術を受ける選手が絶えない。今回のダルのケースを入れれば、2014年1月から手術を受けた選手は34人(野手含む)に上る。
【※注/米国人外科医、フランク・ジョーブ氏によって考案された肘の靭帯再建手術。損傷した靱帯を切除し、別の部位から正常な腱の一部を摘出して移植する。1974年に初めて手術を受けたトミー・ジョン投手にちなんでそう呼ばれる】
なぜここまで故障者が多いのか。そしてなぜダルまでもが壊れてしまったのか。日米で唱えられている「スプリットが悪い」説を検証しよう。1983年にトミー・ジョン手術を受けた村田兆治氏はこう語る。
「メジャーでは打者が強振してくるので、ダルや田中(将大)はスプリットなど縦の変化球をより多く使うようになった。縦の変化球を使うと、より肘に負担がかかる。私は故障の原因の1つはここにあるのではないかと見ています」
実は「スプリット犯人説」は米国でも広くいわれている。ロードアイランド州の地元紙『プロビデンスジャーナル』紙は昨年、各球団のエース級投手に故障者が続出した理由を、スプリットの多投にあると指摘した。
“七色の変化球”で活躍した大野豊氏も同意する。
「縦の変化は肘をうまく使わないといけないから、どうしても負担がかかります。それにボールの影響もあると思う。あまりボールの違いのせいにはしたくないが、メジャーのボールは日本の球より大きく重い上に滑りやすいので、日本で投げる以上に肘への負担がかかっているのではないか。
僕もかつてアメリカの教育リーグでメジャーのボールを投げたことがあるが、大きさと滑り具合が気になって、非常に投げにくかった」
※週刊ポスト2015年3月27日号

1915年に全国中等学校優勝野球大会(現高校野球選手権大会)が始まって、今年で100年。21日から阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)で開催される第87回選抜高校野球大会に出場する松商学園(長野県)は、今回が春夏通算で51回目の全国大会出場になる。しかし、同高硬式野球部には、その数字に含まれない「幻の甲子園」出場歴があった。【畠山哲郎、川辺和将】
球児の額に汗がにじんでいる。北アルプスの山々を見渡す長野県松本市の松商学園グラウンドにも、春の息吹が漂っていた。2月下旬、24年ぶり16回目のセンバツに向けて白球を追うナイン。「平和な中で野球ができることが一番ですね」。戦時中の「幻の甲子園」に参加したOBの宮坂真一さん(90)がつぶやいた。
「勝つて兜(かぶと)の緒を締めよ 戦ひ抜かう大東亜戦」。42年夏、甲子園球場のスコアボードの上には、標語が掲げられていた。戦争準備のため夏の甲子園は前年から中止されたが、戦意発揚を目的に当時の文部省が独自に大会を開催した。夏の全国大会としてはカウントされず「幻の甲子園」と呼ばれている。
松商学園の前身、松本商業や京都の平安中(現龍谷大平安)など16チームが参加し、宮坂さんはマネジャーとしてダッグアウトに入った。軍隊式の敬礼をし、ユニホームのチーム名を敵性語のローマ字から漢字に直すなど、戦時色の濃い大会だった。「若者に戦争の準備をさせたということです。それでも甲子園で野球ができることがうれしかった」
この大会で選手たちに配られた「選士章」が、松商の校舎内にある「歴史栄光室」に展示されている。栄光室は13年創部の野球部100周年を前にした2010年に設置され、春夏通算50回の出場を物語る数々のトロフィーなどが飾られている。銃剣を持った兵士を彫り込んだ選士章は、展示を担当した元教頭の窪田文明さん(66)が加えた。「宮坂さんらの思いを生徒たちにも知ってもらいたかった」からだ。
栄光室にはナインも足を運ぶ。酒井俊樹主将(2年)は「国のために高校野球が行われていた時代」を初めて知った。センバツに向けてこう考えている。「そういう歴史を経て野球を続けてきてくれたOBの方々の存在を胸に大会に臨む」
昨年9月、校内の技師室の段ボール箱の中から、40年と47年の選抜大会旗が見つかった。松商が参加した戦前最後の大会と、戦後初めての大会のものだ。「思うように野球ができない時代を経験した人たちが、大事に残してくれたのだろう」と窪田さんは話す。その段ボール箱には「重要」と、厳重に封がされていたという。