’15年1月15日、スイス国立銀行(スイスの中央銀行)が2011年9月に設定した1ユーロ=1.2スイスフランの上限を、突然撤廃。
さらに、銀行がスイス国立銀行の当座預金にお金を預ける際の金利を、マイナス0.25%からマイナス0.75%に引き下げた(ECB=欧州中央銀行同様に、スイスもマイナス金利政策を採用している)。
結果、スイスフランは一時、1ユーロ0.851スイスフランにまで急騰し(何と、上昇率41%!)、最終的には1ユーロ0.92スイスフラン、対前日比「30%」高で取引を終えた。
15日までの「1ユーロ=1.2スイスフラン」という為替防衛線は、
「スイス国立銀行が、スイスフランを発行し、為替市場で外貨(主にユーロ)を購入し、発行したスイスフランをそのまま金融市場に放置する」
という、スイス国立銀行の、いわゆる非不胎化介入(為替介入の手法の一つ。自国通貨の放出、または吸収による通貨流通量の増加または減少を容認しつつ行う介入)により維持されていた。
すなわち、スイスが1ユーロ=1.2スイスフランを維持しようとすればするほど、マネタリーベースが拡大する仕組みになっていたのだ。
マネタリーベースとは、中央銀行や中央政府が発行した通貨を意味する。日本銀行が現在も継続している量的緩和は、「国債を買い取り、代金として新しい通貨を発行する」わけであり、マネタリーベースの拡大そのものだ。
通常の為替介入は、中央銀行が外貨を購入するために通貨を発行したとしても、マネタリーベースは拡大しない。
理由は、為替介入を終えた中央銀行が国債を「売却」し、金融市場で増えた通貨を回収してしまうためだ(これを不胎化介入と呼ぶ)。
ところが、スイス国立銀行は為替介入を実施する際に、発行したスイスフランを、金融市場に放置した。“非”不胎化介入によりマネタリーベースを拡大し続けたのである。
なぜだろうか。
もちろん、スイスも日本同様に、経済がデフレ化しているためだ。
スイス国立銀行は、為替を1ユーロ=1.2スイスフランで維持すると同時に、マネタリーベースを拡大することで「物価の上昇」を狙ったのである。
ところが、スイス国立銀がどれだけ為替介入を続けても、マネタリーベースを拡大しても、物価は上昇しようとしなかった。
左ページの図(本誌参照)がスイスのマネタリーベースと消費者物価指数の対前年比変動率の推移を見たものだ。恐ろしいことに、スイス国立銀行は’11年夏時点と比較し、マネタリーベースを何と5倍にまで拡大した。
さすがの日本銀行も、マネタリーベース拡大ペースではスイス国立銀行の後塵を拝している。
しかし、スイスの消費者物価指数は全く上昇していない。
2014年11月のスイスの消費者物価で見たインフレ率は、何とゼロである。1ユーロ=1.2スイスフランを維持するために為替介入を続け、マネタリーベースを5倍にしてすら、スイスは物価が上昇しなかったのだ。
これが、現実だ。
ちなみに、スイスのマネタリーベースの金額と物価上昇率の相関を取ると、マイナス0.43。相関関係どころが、逆相関関係になってしまった。
言い換えれば、
「マネタリーベースを拡大すると、物価が下がる」
という結果になってしまっているのである。
物価とは、モノやサービスの価格を意味している。中央銀行がどれだけお金を発行しても、それがモノやサービスの購入に回り、国民の「所得」が創出されなければ、物価は変動しない。
スイスや日本のように、国民経済がデフレに陥っている国では、中央銀行のマネタリーベース拡大のみで物価を引き上げるなど無理なのだ。
もっとも、論理的には中央銀行が通貨を発行し、マネタリーベースを拡大し続ければ、いずれは物価が上昇に転じるはずである。
とはいえ、
「一体、いつまでマネタリーベースを拡大すればいいのか?」
と、スイス国立銀行は怯えたのであろう。
マネタリーベースを5倍に拡大してさえ、物価は全く上がらない。民間の資金需要があまりにも乏しく、中央銀行が発行したお金が借り入れられず、モノやサービスの購入(消費、投資)に回らない。
途方に暮れたスイス国立銀行は、1月15日に1ユーロ=1.2スイスフランの防衛ラインを放棄。
結果、スイスフランが暴騰し、世界経済は大混乱に陥った。
これが、スイスフラン・ショックの真相である。
翻って、我が国を見ると、日本銀行が国内の銀行などから国債を買い取り、マネタリーベースを拡大する量的緩和を継続している。
すでに、黒田(東彦)日銀はマネタリーベースを2.5倍にまで拡大した。
それでも、消費税増税分を除いたコアコアCPI(食料・エネルギーを除いた消費者物価指数)は、直近(11月)の数字で、わずか0.1%の増加に過ぎない。
すでに、日本銀行は国債の20%強を保有するに至っている。
また、デフレで民間の資金需要が乏しいため、我が国の長期金利(10年債金利)は0.2%を切り、さらに5年物国債までもが「マイナス金利」という異常事態に陥っている。
つまり、日本の民間企業は「金利が高い」ために銀行融資や設備投資を増やさないのではないのだ。単に、仕事(需要)が乏しいため、銀行から金を借りようとしないのである。
その結果、長期金利が極端な水準にまで低迷している。
政府が「需要創出」という正しい政策を推進しない限り、近い将来、日本銀行もまた「一体、いつまで続けるのか?」という状況に追い込まれることになるだろう。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。